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岡山地方裁判所 平成3年(ワ)492号 判決 1993年2月05日

原告

小山織恵

被告

多田義宣

主文

別紙事故目録の交通事故について、原告は、被告に対し、損害賠償債務を負わないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

主文と同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

別紙事故目録のとおり

2  債務の不存在

被告は、本件事故により、頸椎捻挫の症状を訴え、主として玉野市内の大西病院で治療を受けているところ、同病院の所見では自覚症状のみで、平成二年六月中旬頃からは、就業可能となつているにもかかわらず、その後も被告は通院を継続し、高額な賠償金を原告に請求している。

しかしながら、本件事故については、被告に原告を上回る重大な過失があり、原告は被告に対して既に治療費を除いて四五万円を内払いしており、残余の賠償義務はないものというべきである。

3  結論

よつて、別紙事故目録の交通事故について、原告は、被告に対し、損害賠償債務を負わないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認め、同2は争う。

三  抗弁

1  責任

原告は、本件事故の際、居眠り運転又は前方不注視の過失により、被告運転車両に原告運転車両を衝突させたものであるから、不法行為責任を負う。

2  傷害及び治療

被告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、当日大西病院で治療を受け、翌日である平成二年五月九日から同年六月二一日まで四四日間入院し、同月二二日から平成三年一〇月末日まで二五四日間通院した。

被告は、本件事故後、終始頭がのぼせ、嘔吐しやすく、右手の握力は二〇位に低下しており、運転しても、二時間もすると注意散漫となり、その継続は不可能となる状態である。現在でも毎日大西病院で痛み止めの注射を受け、リハビリの結果を月一回倉敷中央病院で見てもらつている。

3  損害

(一) 治療費 一七〇万六七五〇円

大西病院での四四日間の入院による治療費 一〇七万八三三〇円

同二五四日間の通院による治療費 六二万八四二〇円

(二) 入院雑費 六万六〇〇〇円

一日当り一五〇〇円の四四日分

(三) 通院交通費 二五万四〇〇〇円

一日当り一〇〇〇円の二五四日分

(四) 休業損害 四〇六万〇八四六円

被告は、自動車運転者として矢吹海運に勤務し、本件事故前三ケ月間における一日平均収入は一万三六二七円であつたところ、右事故により事故当日から休業を余儀なくされ、平成三年一〇月末まで二九八日間合計四〇六万〇八四六円の収入を得ることができなかつた。

(五) 慰謝料 一三〇万円

(六) 合計 七五八万七五九六円

4  填補額 二一五万六七五〇円

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2は争う。

抗弁3のうち、(一)は認め、その余は争う。

五  再抗弁(過失相殺)

本件事故は、原告運転車両に先行する被告運転車両が、一旦中央線を超えて反対車線に進行した後、急に左折して原告運転車両の進路前方に割り込んだために、原告運転車両の右前部が被告運転車両の左側面に衝突したものであるから、被告の方に原告を上回る重大な過失があるものというべきである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁は争う。本件事故における過失割合は、原告七、八〇パーセント程度、被告二、三〇パーセント程度とみるのが相当である。

第三証拠

本件記録中の証拠に関する目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因1は当事者間に争いがない。

二  責任

甲第一ないし第五号証(枝番を含む)、乙第八号証、原被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、被告は、自家用軽四貨物自動車を運転して、片側一車線の中央線のある片側幅員二・七メートルの道路を西進し、右車両に追随して、原告は自家用軽四貨物自動車を運転して進行していたが、被告は、道路進行方向左側の駐車場に車両を入れようとして、まず右にハンドルを切り中央線を超えて対向車腺に自車を進入させ、次いでハンドルを左に切り元の車線を横切るように進行させたため、後続する原告は、被告運転車両が対向車線に進入した段階で右折して行くものと速断してそのまま進行していたところ、元の車線に戻つてきた被告運転車両を発見し、急制動をかけたが間に合わず、原告運転車両の右前角部が被告運転車両の左後部側面と衝突したこと、以上のとおり認められる。

右認定事実によれば、本件事故は、原告が前方の被告運転車両の動静を注視し、十分な車間距離をとつてさえいれば、避け得たものと推認できるから、原告には、本件事故について、前方不注視及び車間距離保持不十分の各過失があるものというべきである。

従つて、原告は、被告の損害について、不法行為による賠償責任を負う。

三  損害及び治療

甲第六ないし第一一号証(枝番を含む)、乙第一ないし第三号証(同)、証人大西正高の証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故当日大西病院で診察を受け、頭痛、頸部痛、吐き気等を訴えて、頸椎捻挫の診断を得、翌日である平成二年五月九日から同年六月二一日まで四四日間同病院に入院し、同月二二日から平成三年一〇月末日まで連日のように同病院に通院し、その後も、頭ののぼせ、嘔吐感、右手握力の低下、中指と薬指の痺れなどを訴えて通院を続け、リハビリと称する診療を受けていること、以上のとおり認められる。

しかしながら、以下に述べるとおり、本件事故と因果関係のある被告の診療期間は、前記入院期間中に限られるものと認めるのが相当である。

甲第三ないし第一一号証、乙第一ないし第三号証、証人大西正高の証言、原被告各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故による原告運転車両及び被告運転車両の各破損は、ともにフエンダー及びバンパーの軽度の凹損等であり、衝突の衝撃も比較的軽度のものであつたこと、事故直後、被告は直ちに自車を降車して原告を怒鳴りつけ、いきなり原告運転車両のキーを引抜くなどの行為に出たこと、まもなく事故現場に来た警察官に対し、被告は身体被害の申告をせず、本件事故は物損事故として扱われたこと、右事故当日、被告は、原告を自宅に同道し、午前八時頃から午後五時頃まで原告に対して執拗に被害弁償を要求し続け、かけつけた警察官の説得でようやく原告を解放し、その後夕方になつて、大西病院に赴いて前記認定のとおりの症状を訴え始め、入院を要求したこと、大西病院側では、入院の必要は積極的には認めなかつたが、被告の強い希望を受け、検査のため一応入院させることとしたこと、被告の主訴は、頭痛、頸部痛、吐き気、めまい、握力低下等であつたが、いずれも大袈裟な訴えであるにもかかわらず、それを裏付けるに足りる確たる所見はみあたらず、また、賠償問題に関する不満や感情的言動が顕著で、入院中の態度も無断外出や外泊が多く、医師や看護婦の指示に従わず、従業員や他の患者を威圧するなど、およそ治療に専念する姿勢はみせなかつたこと、このため、同病院側では、被告については早期の示談成立以外に薬はなく、通常の医療は効果が見込めないものと判断し、入院後四四日目に強制退院の扱いとしたこと、被告は退院後も長期間にわたつて連日のように同病院に通院し、治療を受けたが、前記受診態度にさしたる変化はなく、主訴症状にさしたる改善も見られなかつたこと、以上のとおり認められる。

右認定の本件事故車両の破損の程度、事故直後の被告の言動、長時間の賠償要求、主訴の開始時期、主訴と所見の齟齬、入通院における被告の受診態度、主訴症状の未改善等から判断すると、被告が本件事故により客観的に傷害を負つたものとは容易に認め難く、被告の主訴は、事故の相手方との賠償問題の憤懣を機縁に発症したいわゆる賠償性神経症による症状と推認すべきものである。

ところで、被告の賠償性神経症は本件事故をきつかけとして発症したものであるから、その限りにおいて両者に因果関係があるものというべきであるが、右神経症は、発症者の資質的要素に負うところが大であるところ、右事故の賠償交渉について、原告側に落度があつたことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、前記認定のように被告の賠償要求には尋常ではない面が見られることからすると、被告の神経症について賠償の対象となるべき範囲は、せいぜい被告の入院中の期間程度に限られるものと認めるのが相当である。

以上によれば、賠償の対象となるべき被告の損害は、被告の大西病院入院期間中の四四日間の部分に限られ、それ以外は賠償の対象外となる。

四  損害

1  治療費 一〇七万八三三〇円

抗弁3(一)のうち、大西病院での四四日間の入院による治療費が一〇七万八三三〇円であることは、当事者間に争いがない。

2  入院雑費 六万六〇〇〇円

入院雑費は、一日当り一五〇〇円程度と認めるのが相当であるから、入院期間四四日分の合計は六万六〇〇〇円となる。

3  休業損害 五九万九五八八円

甲第一二号証、乙第四ないし第六号証、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、自動車運転者として矢吹海運に勤務し、本件事故前三ケ月間における一日平均収入は一万三六二七円であつたことが認められるので、入院期間中の四四日間の休業損害は、右一万三六二七円に四四を乗じた五九万九五八八円となる。

4  慰謝料 四〇万円

前記認定の事故の態様や入院期間等からすると、慰謝料としては四〇万円と認めるのが相当である。

5  合計 二一四万三九一八円

五  填補額 二一五万六七五〇円

被告は、二一五万六七五〇円が填補済みであることを自認している。

六  結論

以上によれば、填補額が賠償の対象となる損害合計額を上回つているから、原告主張の過失相殺の点(前記二認定の事故状況からすると、被告にも相当の過失があることは明らかである)を論ずるまでもなく、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢延正平)

事故目録

日時 平成二年五月八日午前六時頃

場所 岡山市妹尾一〇二七番地の七先県道上

当事者 原告と被告

態様 原告運転車両と被告運転車両が衝突

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